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クラス会報告

化学科旧制19回卒のクラス会

2013年11月21日(木)
幹事 渡辺英二(旧制19

 今年は永契会の発足から60周年にあたります。昭和28年は旧制大学最後の学生と新制大学最初の学生が同時卒業したという大学の歴史上かつて無い年でした。そのため当時の先生方は大量の卒業生の就職にたいへん苦心されたと聞いています。それから60年の月日が流れ、19回卒の今年のクラス会は皇居楠公銅像前のレストハウスで行われました。お天気に恵まれ明るい施設のなかで歓談できたのは嬉しいことでしたが出席者は川岸、岸本、斉藤、佐藤、菅、前川、渡辺のわずか7名でした。当初31名だったクラスメートの中でも物故者がすでに11名を数え、欠席された方々の多くも健康上の問題をかかえて苦労しておられます。明るいニュースとしては今回学会と重なって出席できなかった神田君が錯体化学会で功績賞を授賞されたことです。彼の永年の努力が報いられたことに一同心から祝意を表しました。食事をしながらかつての先生方の逸話や亡くなった旧友の思い出話に時のたつのを忘れました。我々の年齢になると話が盛り上がってもビールやワインの消費はついてこないというのが実態です。写真をご覧ください。三時間ほどの歓談の後に楠木正成の銅像前で写真をとり、来年のクラス会での再会を誓って解散しました。来年は大阪で開催ということなので参加者も今回よりは増えるのではないかと期待しています。
 

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新制6回同窓会2012

2013年01月25日(金)
西村 寧(新制6化)

 新制6回化学科同窓会“ばけだす例会”は毎年の開催を重ね,今年(2012年)で26回を数えることになった.今回は幹事の戸井浤二さんの企画で,横須賀~横浜を会場として5月17~18日に開催された.

 昼過ぎに横浜駅に集合し京急線で横須賀に向かった. “横須賀軍港巡り”の45分クルージングが目的である.現役戦艦を間近に見ることができる“唯一のツアー”とのふれ込みである.出港して間もなく,グレーの戦艦や黒い潜水艦が次々に現れた.最新鋭の装備を備えたイージス艦,巨大な原子力空母ジョージワシントン,ソマリア海賊対策から帰ったばかりの護衛艦,東北大震災で活躍した自衛艦などを目の当たりにすると,TVニュース画面の向こうの世界が目の前に現実として迫ってくる思いがした.

 次いで,横文字看板が溢れて基地の街の様相の“どぶいた通り”を経由して,“三笠公園”に向かった.ここにはかっての戦艦三笠が展示されていた.先程見たばかりの最新鋭の戦艦とは100年余ギャップが明白であるが,周辺諸国との関係は随分オーバーラップして見え,背筋を冷たく感じたのは私だけではなかろう.今の時代に即した賢明な知恵が求められるとの感を強くした.

 夜は三浦海岸に面した大きなホテルでの会食となった.久しぶりの顔合わせに話は尽きない.学生時代の武勇伝,先生方の思い出,時が経つ程に,三々五々自然発生グループでの議論・歓談などなど,遂にはオペレッタの一場面を美声で熱唱する人が現れ,いつもの同窓ならではの気兼ねない雰囲気が盛り上がった.二次会を切り上げた時は深夜0時を過ぎていた.

翌日は6時45分から朝食というスケジュールである.年の功というべきか,早起きを苦にする人は少ない.全員余裕で朝食を済ませて横浜バスツアーに向けてホテルを出発した.

横浜を半日で効率良く見ようという企画である.目玉は“三渓園”であった.一服の抹茶を頂いた後,散策に移った.江戸~明治の多くの重要文化財指定建造物が,5万3千坪の広大な敷地の自然の地形や樹木の中に絶妙に配置されていた.改めて,時間を忘れて訪れたい所であった.

写真は宴会後の一枚である.今回参加は14名(翌日1名参加)とこれまでの最少となった.体調不良で欠席というケースが増え気味なのは気がかりである.今年喜寿を迎えるという年齢を考えれば自然の成り行き,とは考えたくない.年を意識しないのが老けない秘策である.来年はプロ級の解説付き“奈良寺院巡り”が企画されている.一人でも多く体調を回復して参加者が増えることを願って止まない.(完)

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化学科旧制19回クラス会

2012年12月25日(火)
幹事 岸本 博、菅 宏

 定例日の1111日は生憎の雨模様でしたが予定通り中之島センターで行われ、10名の方々が参加されました。不自由な身を押して出席頂いた桑田さんには、心からの敬意を表します。現役時代は何時も率先して立案して頂いただけに、クラス会には一入の思い入れがあるものと憶測しております。リハビリが効を奏して杖なしで出席された岩田さんは、原子炉の専門家として福島第一原発の事故を詳しく説明されました。関東から参加して下さった佐武さんと前川さんは声が大きく、しかも張りがあってお元気そのもので、周りの者に活力を与えてくれます。斉藤さんは散歩の距離で明石大橋と淡路島を見下ろす景観地に、神田さんは強固な岩盤の高台に建てられた住居に住んでいて少々の地震は感じないとのことで、共に羨ましい住宅環境です。斎藤さんは神戸大学教養部で長く講義されていたそうで、ノーベル賞受賞の山中伸弥教授もひょっとして受講されていたかも知れませんね。田川さんは早起きと奉仕を旨とするグループに参加されて、クラスの中で最も良い血色をしておられました。川岸さんは健康状態を旨く維持しておられるようで、独特の風格が出てきました。

5年前の楠公レストハウスを予約しても良いとの提案を頂きました。大西さんはさまざまな不調にもめげす、今年も大作を出展されて新芸術展会員に推挙された由、誠にお目出たいことです。欠席通知を頂いた方々の返信ハガキは回覧しましたが、決して軽くない症状に悩まされているご本人、またはご夫人が少しでも元気を回復されますよう、心よりお祈りした次第です。桝井さんが送って下さったアメリカの教育制度は日本の現状と比較して驚きでした。佐藤さんが学生時代にされた旧理学部界隈のスケッチ4点に、往時の中之島一帯を懐かしく思いました。そして予定時間を超えた貴重な非日常的経験は、アッという間に過ぎ去りました。次年度以降も持続性を最優先とし、手抜きに徹することでクラス会を続けることが改めて確認されました。幸いクラスの現員20名の裡で17名がメイルアドレスを持っているので、大いに情報伝達に活用することなどが確認されました。次年度は卒業60周年の節目に当たる年で、奮って参加して頂きたいものです。以上で次年度幹事の佐藤さん、渡辺さんにバトンタッチ致します。

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幹事 神田精一、田川太一

昨年に引き続き、2011年度も11月11日に中之島センターにて開催しました。参加者は桑田、川岸、岸本、渡辺、菅、斉藤、前川、田川、神田(関西6、名古屋1、関東2)の計9名でした。予定通り12時に田川幹事の挨拶と、一同の健康を祝した神田幹事による乾杯の音頭で会が始められた。食事を進めながら、この1年を振り返って各自の思いを語り合った。桑田さんが不自由な体を押して参加されたのは、誠に感動的である。低い声で聴き取り難かったが、長期間に渉ってクラス会に出席できたことに感謝しているとの気持ちを述べられた。川岸さんはすっかり健康を回復し元気で過ごしている由。こんなに高齢で元気なクラスも珍しいのではないか、と些か自画自賛される有様に一同少々照れ気味?岸本さんは南アフリカを旅行中に東日本大震災が起こり、日本は壊滅して円は無価値になるとのデマで、通貨両替の困難に遭遇した話は珍しかった。永契会会長として大改革を進めてこられた渡辺さんは会長職をやっと退任され、後任の古武弥英氏に引継いで、ホッとされた面持ちでした。菅さんは年齢相応の体調不良を紛らわすため、せっせと旅行する事を心がけているとのことです。戦後直ぐの3年間、金沢での在学期間中に訪れる機会の無かった兼六園へ60年ぶりに行って、素晴らしかった景観の思い出をしみじみと語られた。 難聴に悩む斉藤さんは自家用車の運転免許証を返上したものの、バイクに切り替えたとの話に一同唖然。自宅に果実のなる苗木を栽培し見事成った実を食べる事に夢中で、害虫除去に腐心する毎日とのこと。前川さんは趣味の囲碁に熱中しているせいか、声にも張りがあって全くと言ってよいほど歳を取らない様子で羨ましい限りである。田川からは家庭の都合上、独り住まいをしていて自炊生活をしている旨の報告があり、レシピ本と首っ引きで料理をする毎日だが、却って健康に良いようだ。渡辺、菅の両氏も料理好きとのことで、菅さんからは調理は化学反応の連続との見解が述べられた。最後に神田からは、昨年来の下肢動脈狭窄症の術後リハビリに関する話と、南海‧東南海大震災に備えての危機意識の話をされた。海抜が高くない徳島市内は津波に見舞われる危険性があり、自分達が住む高台が避難場所として役立つであろうとの話であった。なお、神田からは原発用のトリウム炉のIT資料が、岸本さんからは南アの新聞とタイム誌が、田川からは欠席者の近況報告のハガキが回覧された。次回も今まで同様の方法で続けるのかについて議論がされたが、東京の学士会館の予約が今まで通りの方法では問題が起こる可能性が大きい。何れにしろ幹事の手間を出来るだけ軽くする方法を考えないと、継続困難なことは間違いない。従来方式での次回クラス会は11月11日、同中之島センターで実施するのを最後とし、岸本、高橋の両幹事で行う事を決定しました。

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新制43回化学科同窓会報告

2011年03月05日(土)
秋津 貴城(新制化43回)

昨年(2010年)の春、3月28日(日)午後に、梅田の大阪弥生会館にてクラス会を開催しました。震災直後の1995年春に学部を卒業してから、大規模なクラス会を開催するのは、今回がおそらく初めてのことと記憶しています。10名以上の参加者がありました。クラスの3割弱が集まり、旧交を温めることができたことには、感謝しています。懐かしさのあまり時間を忘れて話もはずみ、子供を持つ女性陣は早く帰宅したりしましたが、最終的には3次会にまでもつれ込んだほどでした。そして、多くの不参加の皆さんからも、近況報告やメッセージを盛り込んだ返事を受けつつ、卒業後にそれぞれの日常の場で、活躍されているということを強く感じました。
開催のきっかけは、私と同じ新宿区内で職場が近い井村君との会話でした。半年以上も前から、住所の確認と同時にクラス会開催方法の希望を募ったのですが、張本人の井村君をはじめ大阪以外にお住まいの方や(なんと馬場君や宮村君のような米国在住の方も!)、せっかく連絡は取れたものの、仕事や家族の都合等で候補日での参加が困難な方も多かったです。そんなわけで、年末の東京・学士会館での「大阪大学卒業生の集い」に倣い、大阪同窓会に先立ち年末に東京忘年会も当初は企画しましたが、土壇場でキャンセルが相次ぎ、実現しませんでした。現職では、朝から秋津研の約20名の学生達と錯体化学の研究をするものの社会人学生等を対象とする夜間講義担当で(パロアルトから帰国して3年、神楽坂の三味線が聞ける店は経験するも、芸者さんなど夢のまた夢)、なおかつ独身(一応、相手募集中)である私には、感覚的にとくに子供のいる家庭への心配りが不足していたかもしれなかった点を、お詫びいたします。
それにしても、化学科のクラスのメンバーが15年の歳月を経て、連絡を取ったり、再び集まったりするのがこんなに困難になるとは、講義や学生実験があり毎日のように顔を合わせていた在学当時には、想像すらしませんでした。永契会クラス幹事として、楽しみながらお世話させていただきましたが、藤本先生から提供された当クラス分の最新版永契会名簿(実は約三分の一が郵便不着状態!)と、卒業アルバムの住所を元にして、当時の実家等にも郵便連絡を試みたものの、沢山戻ってくるのには心が折れそうになりました。同窓会の連絡が届かなかった、このニューズレターを読まれた方や、クラスメートの消息情報をお持ちの方は、秋津までご一報ください。例えば、今回同様に日本化学会年会の関西開催時を狙うなどして、いつかまた開催できればと思っています。

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篠原 厚(新制化26回)

昨年(平成22年)の2月20日(土)に、化学科(昭和49年入学+53年卒業)の同窓会を行いました。私が阪大に戻ってきてから、同期の友人に何かの機会に会うたびに、「同窓会を開いてくれよ・・・」と言われ続け、今までサボっていましたが、今回、学術総合博物館で化学専攻協賛の企画展「漆(Japan)の再発見-日本の近代化学の芽生え-」が開催されるのを機会に、同窓会開催を思い立ち、急遽、日程や内容も私の一方的な都合で呼びかけたものです。少なくても集まれる人だけでも良いから、とにかく一度同窓会を開き、今後につなげようとの思いでした。最後に同窓会を開いてから、実に17年ぶりになります。
名簿の整備も何もない状態でのスタートで、連絡には少し苦労しましたが、ふたを開けてみると、何と26名者参加者があり、望外の成功で、世話をした者として大変うれしく思っています。同窓会は3部構成で、第1部は、1時頃より理学部化学科の現状の紹介と新設のG棟や改修後の本館の見学を行い、第2部として、博物館に移動して、芝哲夫先生の講演「眞島利行の漆の化学研究」の拝聴と博物館・企画展の拝観、第3部が懇親会(於ミュージアムカフェ「坂」)でした。今回の目玉として、芝先生の講演に日時を合わせ拝聴する企画を立てましたが、大好評でした。ただ、おそらくほとんどの方にとって、あの講演が芝先生の最後の講演となってしまったことは残念でなりません。ご冥福をお祈りいたします。
中には卒業以来の再会という人も居ましたが、体型や髪の毛の変化があることを除いては、学生の時の顔がすぐに思い出されました。皆さん変わっていないと言う印象でしたが、積もる話にやはり長い時間の経過も感じる、貴重な楽しい時間が過ごせたと思います。今後は、私を含め近場にいるメンバーを幹事とし、もう少し頻繁に開くことを約束して終演となりました。
なお、「化美の会」とは我々の同窓会の名称で、学生時代から何かの居りに使っていたと思いますが、卒業後か成り立って開いた第一回同窓会で正式に命名したように記憶しています。以下に参加者と集合写真を載せておきます。次回はより多くの方の参加を期待しております。
参加者(順不同):渡辺、岩佐、久保、岡田、木村、大久保、松田、江部、山本茂義、篠置、藤井(飯田)、夏目、吉川、小西、伊堂寺(中山)、溝尾、稲毛(深尾)、谷川(吉岡)、川口、菅野夫妻、有家、吉田(井上)、橋爪、小谷、篠原

当日の写真一覧はこちら
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三木 哲宏(新制高15回)

卒業後、30有余年経った昨春、突如クラスメートと連絡を取り合い、名簿を整備して、同窓会を初めて開催しました。30名に満たないクラスですが、多士済々で、歩み方が多様です。
20年前の永契会名簿を頼りに電話、メールや手紙で接触を始めたのですが、転居していたりで、名簿との乖離が大きく、当初は暗澹たる思いでしたけれども、多くのクラスメートの協力のお陰で、2名を除き連絡先が確認出来ました。次いで、所在が関東、大阪、中国、北陸、九州と分散していますので、大阪と東京とで同窓会をいたしました。
大阪の同窓会では、桜の花見が待ち遠しく、驟雨一過の弥生らしい日和の2010/3/21(日)、30有余年を経ての初めての同窓会を、懐かしい石橋駅近くの居酒屋「保呂酔」で開催しました。
この日の参加者は13名(出席率は50%近い)で、なんと東は東京都内、西は福岡から集まりました。安楽、井上(現姓:坂本)、岩根、織田、川島、西川、藤井、古川、三木、森、山下、吉川、吉村(現姓:田中)の13君です。
午前中に自宅療養中の伊賀君を見舞いに6名が訪れ、梅酒や桜餅で春の季節感を楽しみ、ちらし弁当で会食しました。
午後からは更に2名が合流して、豊中キャンパスを散策し、昔そのままの池やイ号館、図書館本館を懐かしんだり、面影は残っているものの変貌しているロ号館や理学部の増築に驚いたりして、学生時代を懐かしみながら記念写真を撮ったりしました。
この後、午後4時から7時過ぎまで居酒屋「保呂酔」で同窓会をいたしました。この会場は石橋駅東口左手のお店が密集しているエリアの中央辺りに位置する所にあり、私も学生時代に研究室の仲間とよく来て、おでんや山芋の短冊で剣菱をしこたま呷った居酒屋で懐かしい思い出のあるところで、当時の雰囲気がそのままでした。今も学生がよく来るらしく、会場手配を引き受けてくれた岩根君の配慮に感謝です。
30年余りのご無沙汰なので、会話が成り立たないで、お見合いのようにシーンとしてしまうのではないかという幹事の前日までの不安は、冒頭の、まずは再会を祝っての乾杯で、一瞬にして溶融し、あとは、学生時代のコンパと同じ状態です。50代半ばのよいお年の方ばかりなのに、きっと職場では威厳を正して毅然としておられるのだろうな、職場の人が見たらどう思うのかなと想像すると、吹き出しものです。何かベースキャンプに戻ってきて、仲間とほっとしているような雰囲気で、30年余りの時間が抜け落ち、昨日まで同じ授業を聞いていたクラスメートと今日はコンパをしているような錯覚に浸ってしまいました。「今なにしてんねん」の発表もあり、学生時代のいろんなエピソードも紹介され、「へー、そうやったんや」とか、思い出の品々、たとえば、卒業写真集・文集、解析学・有機化学・高分子化学の教科書の回覧、クラスメートの書き込みのある学生手帳の開示、聴講カードなどで、学生時代にタイムマシンです。
あっという間に時間が経ち、中締めとお開きが一緒になってしまいました。安楽君の締めにて、又の再会を期しました。
次いで、池田駅近くで2次会になりました。なんと9名参加。2時間位いたようです(酔っ払って記憶が薄い)。学生時代のエピソードや子供の教育、就職、結婚への気掛かり、定年後の過ごし方、担任の先生に会いたい、来年の同窓会の日程は、と多様な会話が弾みました。
大阪まで来れなかったクラスメートの為に、理学部前の植え込みが懐かしいツツジの咲く爽やかな季節の2010/5/2(日)東京上野の「東天紅」で同窓会の東京分科会を開催いたしました。不忍池や建設途上のスカイツリーを窓から見ながら、開始時刻10分前になっても誰も姿を現さないので、本当に皆来るのかなあ、という不安が募ってきていた矢先に、突然「やあ」との声で会場に入室してきたクラスメートに、誰なのか分からず「どこのおっさんや」と驚いて呆然としていると、数秒の静寂の後、「藤原です」の声で、ようやく記憶している藤原君の面影と照合することが出来、その後は「やあやあやあ」です。次に入ってくる人、次次と同じ繰り返し。(最初に入ってきた人が藤原君であったか、瀬戸口君であったか、記憶が薄れているので間違っていたらすみません)。結局、茨城から静岡までに亘って在住する、大山、川島、瀬戸口、鈴木(英明)、西、西川(康郎)、藤原、森、八瀬、三木の10君が集まりました。大阪での同窓会と両方に出席した人もいます。出席率は40%。両方の同窓会で70%近くのクラスメートが再会を果たしました。同窓会の状況は大阪でのと全く同じで、挨拶や名刺交換無しの乾杯で始まる学生コンパの雰囲気で、途中からやっぱり「今なにしてんねん」の紹介になり、こちらでは更に学問的な突っ込みがあったりで、さすが理学部魂いつまでも、でした。あっという間に時間が経ち、八瀬君の締めにて、又の再会を期しました。
やはり別れがたく上野駅への帰途途上の居酒屋で2次会を2時間程、狭いところで顔を寄せ合って、学生同士のようにしゃべくり、飲みまくって、漸くお開きに。
共に楽しい同窓会でした。再会出来て良かったと思いました。若い一時期に、人生の御縁で、共に机を並べて学んだクラスメートとの思い出の共有は、人生の大事な財産なのだなあ、と気付く時期になったんだと思います。
また、各君からの要望もあり、われらのHPを6月に立ち上げ、同窓会での写真や思い出の写真、コメントなどを収載して情報を共有するようにいたしました。これは毎月更新しています。
また会おうという声も多く、同窓会が、クラスメートの今、を生きていく為の安らぎ、そして活力に役立てればと思います。
次回の再会と、若くして夭折した角田君の御冥福と、われらのアイデンティティである母校の御活躍を祈りつつ。
(2011/01/24クラス幹事:三木記)


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世話人一同(新制高12回)

平成22年8月28日に第7回のクラス会を開催しましたので報告したいと思います。
それに先立ち、まずこれまでのクラス会について概要を紹介します。(2回目までは以前にも本誌No.15で報告済みです。)
第1回:平成9年3月(大阪梅田「青冥」参加者10名)
第2回:平成13年5月(大阪中ノ島「リーガグランドホテル竹葉亭」参加者9名)
第3回:平成16年5月(石橋~阪大散策 参加者13名、千里中央「桂琴」参加者17名)
第4回:平成19年8月(大阪梅田「ロドス」参加者17名)
第5回:平成20年8月(大阪梅田「ニューミュンヘン本店」 参加者15名)
第6回:平成21年8月(大阪梅田「パパミラノ阪急グランド店」 参加者15名)
当クラス会は1970年4月に大阪大学理学部高分子学科に入学したものを主なメンバーとし、第1回目を卒業後20数年の時期に開催しました。その後、当初は3、4年ごとに開いていましたが参加者も増え、3年前からは皆さんのもっと頻繁に会いたいという熱い希望により毎年開催することになりました。
さて、平成22年の第7回ですが、8月28日午後4時半より大阪・梅田の海鮮居酒屋・芦刈で開催しました。世話人も5人に増員になりましたが、参加者も18人(会員全員で26人)とこれまでの最多を記録し、各地から猛暑をものともせず参集頂きました。
和やかな飲食・歓談とともに順次各自の近況報告を行いました。本年は参加者の何人かが還暦を迎える(あるいは迎えた)年であり、翌年にはほとんどのメンバーが還暦を過ぎるという状況で、皆さん人生の節目に差し掛かりつつあります。これを機にリタイヤする人、まだまだ仕事を続ける人、どうするか迷っている人、それぞれ近況や今後の抱負や夢などを語ると共にいろいろとこの辺りの情報交換も盛んでした。
一次会が終わり当日中に遠方へ帰る人や所用のある人を除いて最近恒例となっている二次会のカラオケに突入しました。大学時代はカラオケなどなかった時代(?)ですが、その後の長年の社会生活により皆さんカラオケもなかなか上手になっています。もっと歌いたい、次は何を歌おうか、などと言っているうちにあっという間に時間が過ぎていきました。
次回も1年後に開催予定ですが、阪大・石橋キャンパスツアーをもう一度やろう、一泊の泊り込みでやってみたい、近いうちに海外へみんなで出かけてそこでクラス会を開こう、など希望や夢もいっぱいです。このクラス会も大変楽しみな年中行事であることは間違いなく、第二の人生にさしかかりつつある我々にとってますます大切なものになってきていると実感しました。
平成23年夏頃にも必ず開催しますので、どうぞみなさんご参加ください。世話人一同。

写真上は参加者全員(岩井,打土井,梶本,金光谷,木村,近藤,佐伯,猿田,高瀬,土佐,内藤,永田(公),永田(よ),畑,服部,藤沢(和),兵田,本岡。下線は世話人)で一次会終了後に写したものです。写真下は第5回クラス会の乾杯シーンです。



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山下和義(新制化19回)

化学科昭和42年入学者同窓会「杉富会」が、平成22年11月20日(土)午後5時から7時半まで、梅田の阪急東通り商店街の「橙家」で開かれた。
前回(平成21年)の杉富会は初めて東京で開かれ、関西からの出席者は前々回の幹事の守安正恭君と山下の2名であった為、次回の幹事に小生が指名され、副幹事は私から由利秀樹君に電子メールでお願いした。
今回は、名古屋以東からの出席者は無かったが、福岡(唐崎裕治君)や島根(石飛裕君)の遠方からの出席者を含め14名が集まった。
この同窓会も今回で7回目になるが、久しぶりに会う方も多く、会話が弾み、又、出席者各位からの近況報告もあり2時間半があっという間に過ぎ、非常に盛り上がった楽しい会になった。
出席者からの提案もあり、この会を毎年開く事、関東に住んでいる者も多い為3回に1回は東京で開催する事になった。
次回の幹事、副幹事には辻喜良君、任田康夫君が指名され、辻君からは杉富会の名前のもとになった2人の才女に参加して貰う為、次回は彼女らの都合を最優先にして日程を決めるという決意がありお開きになった。
 
<写真>左から
(前列)由利秀樹、豊田敏宏、石飛 裕、高橋里美、山下和義、任田康夫
(後列)辻喜 良、松影憲三、稲葉 章、沼波憲一、守安正恭、工藤富雄、唐崎裕治、入江好夫


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新制10回同窓会

2011年03月05日(土)
清水 晃(新制化10回)

もう昨年(2010年)の話になりますが、梅雨のさなか天候を心配しながら6月13日(日)から1泊2日の同窓会が山梨県の須玉温泉でおこなわれました。新制化10回生は昭和37年に卒業した化学科30名(うち物故者1名)のクラスメートですが、ここしばらくは集まることに熱心で、大阪は当然のことながら、滋賀、福井、長野、千葉、沖縄、上海など各地を転々としながらの同窓会が続いています。今回は関東地区在住のメンバーが幹事となり、山梨県須玉温泉での開催となりました。
同温泉は、東京から中央高速で約2時間、甲府盆地を過ぎてしばらくの南アルプスと八ヶ岳にはさまれた山あいの静かな一軒宿で、天気がよければ富士山を裏から眺められるロケーションにあります。当日午後、関西、関東方面から19名(男性16名、女性3名)が集まり、温泉を楽しんだあと、会食となり元気に再開できたことを喜びつつお互いの近況を語り旧交を暖めました。10回生は昨年で全員が古希を超えたことになりますが、さすがに健康に関する話題が増えてきたのはやむを得ないことではありましょうが、一方で何人かは仕事のために参加できない、あるいは参加したものの翌朝早々に帰途につくなど、まだ社会と何らかの関わりを持っている、体力的にはともかく精神的にはまだまだ壮年に近い年代であります。
 

翌朝は宿のバスに乗って県立フラワーセンターで満開のバラを愛で、南アルプス市の農園で特産のサクランボを腹いっぱいに詰め込み、また土産に買い込んでから、今年(2011年)和歌山(白浜)での再会を約して正午に解散となり、待ちかねたように降りだした雨の中、三々五々帰途につきました。

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